社団法人神奈川県建築士会 | 小田原地方支部

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フォトギャラリー
住吉橋
建築年/平成2年

所在地/城内

市制施工五十周年記念事業として、小田原城旧二の丸に、 古絵図や文献に従って復元された白木造りの橋。江戸時代の小田原城の雰囲気が今に伝わってくるようだ。
龍山荘
建築年/明治30年代

所在地/城山

南側からの外観は、釣り合いのとれた左右対称形で構成されていて洋風建築のイメージを受けるが、内部は和風の造りである。縁側の欄間の窓にあるステンドグラスには、大きな貝殻が嵌め込まれている。その貝殻を通した月の光は、幻想的な青い光を放つという。
岡田家の茶室
建築年/大正3年

所在地/南町

関東大震災による倒壊後、元の材料により再建したという茶室。茶室建築には素人であった建築主が大工棟梁と一緒になり工夫を重ねて造ったという。壁を色紙のように見せるため、京都の稲荷地方の土に鉄粉を混ぜて塗りこみ、浮き上がる錆の模様に風情を味わうようにしたといわれる。
皆春荘
建築年/明治40年~大正3年

所在地/板橋

当初は元首相清浦奎吾により建てられ、その後、元老山縣有朋の別荘古稀庵の別庵として使用されたという数奇屋風の木造建物である。自然を重視して造られたという庭園は、かつては、各部屋から相模湾や箱根山の眺望を借景として楽しめるなど、庭園設計者としても名をなした山縣の意が込められていたという。
山月
建築年/大正9年

明治・大正期の実業家大倉喜八郎が、板橋丘陵の南側斜面を利用して建てた別荘「共壽亭」。広大な敷地の中に建ち、関東大震災でも倒壊しなかった堅牢な建物である。天井の造作が各部屋によって異なっているなど凝った造りとなっている。現在は割烹旅館として使用されている。
葉雨庵
建築年/昭和62年

所在地/板橋

茶室「葉雨庵」は、実業家・茶人の野崎広太(幻庵)が、南町の別荘「自怡荘」の一角に建てた茶室。昭和62年この茶室を庭石、露地、庭木とともに松永記念館内に移築復元し、現在一般に広く公開され、茶会等に利用されている。
大曾根邸
建築年/大正末

所在地/国府津

関東大震災後、明治・大正期の実業家森村市左衛門が鎌倉から移築した建物に付属するように建てたという山小屋風の建物化粧屋根裏の、竹・よしず・丸太の組み合わせが美しい建物である。風の通り道を考慮して建築したといい伝えられている。
小林邸
建築年/大正初期

所在地/南町

荒久の海岸沿いの広大な敷地の一角にある建物。見た目はスマートな感じがするが、関東大震災を免れた頑丈な建物。歳月を経たわりには古さを感じさせないのは、床が高く風通しの良かったことが建物の維持に適していたからであろう。